本家より抜粋その10


俺が始まった時点で、このプールは既に大きかった。
そして今も、確実に水かさを増し続けている。

当たり前だ。
捌け口が無いプールに涙が落ちるからだ。



3.

「・・・」



毎度の、それでも一向に慣れることのない気配に空を盗み見た。
あの感覚から数秒遅れて、何も無いはずの世界に、あくまで穏やかで、何かを運び込むような風が吹いた。



ほぼ無音の世界にいるからか、それとも俺が『管理人』だからなのか。
いつの間にか、この場所で雨が創造される瞬間が、直感的に分かるようになっていた。


無色透明な、サッカーボールほどのガラス玉を冷やしておいて、常温の場に置く。
やがてガラスは水滴を生み、それは重力に逆らわず、下の弧に留まる。
水滴は次第に大きくなり、それの重さに耐え切れず、美しい雫を落とす。

例えるならば、その一瞬を見た時のような。



雨粒が目に見える高さまで来て、プールの中に吸い込まれようとしたその時、







一度。二度。三度。

突然、その美しい音をかき消すように、午後3時の鐘の音が全てを飲み込んだ。





胸の奥がざわつく。粒が空から降ってくる。いつしか辺りは静まる。
それが雨だった。

その雨が俺に降りかかったことは一度として無かったし、
どういうわけか、プールから水が溢れてこちらに害を及ぼすことも無かった。




ただ、雨の日は何処か、気がそがれた。