本家より抜粋その3

何の前触れもなく、和也は、時間って面倒臭いなあ、と呟いた。
「えーと、何?」
俺は礼儀的に一瞬考えるような顔を作り、向かいに座る和也に尋ねた。すると、周りの音で聞こえてなかったと判断したのか、和也はもう一度同じことを、今度は少し大きめの声量で言った。
「何、自分の誕生日を前にして、哲学しちゃってるわけ?」
和也の話はどう考えても、喧騒が売りと言ってもいい居酒屋での酒の肴になりそうな話題ではないのだろう。むしろ、「不健康な酔い方」をしてくだを巻き始める感じによく似ていた。
「だって、ほら、もう11時半だぜ。もうすぐ俺ハタチじゃん。これって馬鹿みたいだな、って」
「馬鹿?」
「そう、馬鹿。あと30分で、俺は法的に酒が飲める。煙草が吸える。選挙権だって受け取って、リッパなオトナになる。でもさ、もう俺らってこうして酒飲んでて、煙草吸ってて、まあさすがに選挙には行かないけど」
当時演劇部だった俺達が、半分冗談でスーツを着てこの居酒屋へ入ったのは、きっと一年以上前のことだ。
すぐにバレると期待していた。しかし、店の誰もが俺達の悪ふざけに気付くことなく、俺達は生ビールを注文し、灰皿を用意させ、会計を済ませた。怒られる為に入ったような居酒屋を無事に出てしまい、俺達は困惑した顔を見合わせた。今でもよく覚えている。
「俺達は立派な違法者だ。なのに、あと30分もすれば、俺はクリアな人間になってる」
「今日の罪は時効まで消えないぞ」
今まで静かに日本酒を飲んでいた隣の伸一がぼそりと言い、俺は顔をしかめて伸一を肘でつついた。

「なんかさあ、馬鹿みたいだよなあ。時間も、世界も。・・・俺らも」
そう言うと和也は黙り、ジョッキに残ったビールをちびちび飲み始めた。
和也の話が終わると、周りの浮かれた客の声が、まるでどこかでボリュームを上げたように大きく聞こえてきた。


「俺も、面倒臭い」
今度は伸一に顔を向ける。「何?」
「時間が面倒臭い」
伸一は冷酒をお猪口に注ぎながら、「6時に起きる。12時に飯を食う。7時に居酒屋。・・・煩わしいっていうかな。時計が世界の中心なんじゃないかって、たまに思う」と言った。
少し驚いてまじまじと顔を見ると、伸一は酒をくいっと呷って、そのまま何も言わなくなった。








俺はここでおどけるべきなのか?

この二人の言いたいことはよく分かる。だが、自分では何と伝えればいいのか分からない。
どの共感や感銘も、言葉にするのはなかなか難しく思えた。

そんな俺が空気に我慢できず放った一言は、考えていたよりずっと間の抜けた音で響いた。





無人島行きたいな、俺」


一瞬間が空いて、大笑いし始めた和也がテーブルに突っ伏して肩を揺らしている。
それにつられるように、伸一もクックックッと堪えきれずに笑っていた。
「笑うなよ、本気で言ったんだ」
少し恥ずかしくなってそう言うと、まだ余韻が抜けていない和也が「分かってる」と応えた。
「いや、うん、分かってるんだ。ただ、俺が考えてたことにあんまり似てたから」
伸一も、まだ少し笑いながら、
無人島。いいな、無人島か」
と何度も頷いた。
「日が昇れば起きるし、日が沈めば眠る」
「毎日生きていくことに必死すぎて、日付なんか覚えてらんないよな」
「法律も時計もないな。ただ頭の上を太陽が通り過ぎていくんだ」


「俺達、無人島にいれば、あと二年くらい19歳のままの気がする」
伸一がそう呟き、俺は強く頷いた。
無人島なら、俺達はこの世界より長く、未成年の違法者として暮らせるように思えた。
「時間なんてあるから、俺達はハタチになんなきゃいけないんだ」と俺が毒づくと、和也は「俺より二ヶ月年下のクセに生意気な」と笑った。




お粗末様です!!
最後の伸一のセリフ、「無人島にいれば〜」を言わせたくて作った文章です。
文の完成度はあまりに低いですが、書きたいこと書けたので勝手に満足!